現場を疲弊させない「生きた管理会計システム」の作り方:精緻化の罠と、実装まで見据えた設計思想
私はプログラミングにも精通している会計士ということで、管理会計システムの設計・再構築に携 わる機会が多くあり、その中でつくづく感じることがあります。
会計という世界には もともと「いくつかの選択肢」が許容される曖昧さが残されているのですが、特に管 理会計においては、財務会計のような一律の正解が存在しません。
ほぼ同じ業態の会社であったとしても、組織や人、経営方針が変われば管理会計は全く違う仕組みになり得ます。
そこが最高に面白いところであり、同時に最も難しいところでもあります。
しかし、この「正解のなさ」を埋めようとして、多くのプロジェクトが恐ろしい 罠にハマっていくのを、私は何度も目にしてきました。
「精緻化」という名の病:現場を疲弊させる管理会計システムの設計ミス
ありがちな話ですが、現場を知らない頭でっかちな財務コンサルタントに管理会計の設計を 任せると、往々にして「やたらと精緻な方向」へ議論が引っ張られてしまいます。
「どんなケースも想定すべきだ」
「あんなデータも取れるようにしておこう」
設計者は、多機能であらゆる事態に対応できる万能な仕組みを考えたつもりで満足しているのかもしれません。
しかし、その先に待っているのは、えてして入力作業が煩雑になりすぎて疲弊しきった現場スタッフの姿です。
さらに皮肉なことに、そうして苦労して集めた膨大なデータは、経営陣にとって はノイズだらけで「結局、何を見ればいいのかわからない」不要な情報の山となります。
入力する側は苦しみ、見る側には響かない。
それは誰の 役にも立たない、「最低」の管理会計システムと言わざるを得ません。
事例:1 円の差異を追わせるシステムが招く 100 万円の機会損失
例えば、あるプロジェクトで提案された「原価管理の精緻化」の話です。
コンサルタントは、現場の作業員一人ひとりの「10 分単位の工数入力」と「消耗品 1 個単 位の紐付け」を要求しました。
- 現場の末路:本来の業務時間を削って、記憶を掘り起こしながら Excel と格闘する日々。とりあえず何かそれっぽい数字を入力することが目的化し、データには「適当な数字」が混 ざり始めました。
- 経営の末路:1 円単位の原価は算出されたものの、レ ポートが出るのは翌月末。その頃には市場環境が変わり、数字はすでに「過去の遺物 」となっていました。
実際に末端のデータを収集し、入力するわけでもないコンサルタントは「なるべく細かく把握して管理できるようにすればいい」と考えがちです。
この思考停止こそ が、システムを硬直化させ、組織のスピードを奪うのです。
情報の線引きはヒアリングの果てにある:管理会計に必要なデータの粒度
本当に必要な情報は何か。
それを得るためにどんな情報をインプットするか、ど んな情報をインプットしないか、その線引きは、組織の状態、目的、スタッフの PC スキル、既存のインフラ環境によって全く異なります。
一律のテンプレートなど存在 しません。
だからこそ、私は「徹底したヒアリング」を何よりも重視します。
経営陣が今、何に困っているのか、現場はどういうやり方であれば無理なく入力できるのか。
その泥臭い調査を尽くした結果として、初めて「情報の粒度」が決まるのです。
「現場スタッフが無理なく実行できること」を最優先にしないシステムは、どんなに立派なロジックがあっても、動くことはありま せん。
これこそ、私が現場を最優先に考えて仕組みを設計する理由です。
設計と実装を一気通貫で完結させる:自動化とメンテナンス性を両立した管理会計システム
私のシステム構築における主義は明確です。
- 自動化できる部分は徹底して自動化する。
- 人間がやるしかないことだけを、人間に任せる。
これを実現するために、私はプログラミングを多用します。
例えば、既存の基幹 システムから吐き出される不格好な CSV を、ボタン一つで管理会計用のデータに整 形する仕組みを作ります。
現場に「コピペと並べ替え」を強いない。その数分の手間 を省くことが、データの精度を劇的に上げます。
もちろん、人間が入力するしかないデータもあります。
例えば、よくあるパター ンとして、どんな作業にどれだけ時間をかけていたのかを毎日、定型のフォーマット に入力してもらう作業があります。
ところが実際には面倒なので、数日分をまとめて入力する ことも多く、適当な数字になりがちです。
それでも、その気になればプログラミング を使って、PC の利用状況をモニターして、13:08~15:21 にこのファイルを開いていたという情報を自動で記録することもできないことはありません。
プログラミングの力には全く驚くべきものがあります。
誰も修理できないコードは書かない:実装を見据えた設計思想の重要性
このように、裏ではプログラミングを多用するのですが、ただし、一つだけ自分に課している絶対のルールがあります。
それは「誰も修理できないコードは書かない」ということです。
私が設計から仕組みの実装までを一気通貫で完結させるのは、単に技術があるからではありません。
「実装のステージ」を常に頭の中に置きながら設計することができる からです。
巷には作った人がいなくなって誰も直せない、通称「野良VBA」が跋扈しています。
私も野良VBAの後始末で呼ばれたことがたびたびあります。
他人の書いたコードは分かりにくい、これは多くのエンジニアの共通見解なのです。
自分にしか分からないコードは珍しくないし、ひどい場合には、パスワードが設定されていて中を見る事すらできないようにされている場合もあります。
だから、自分は後の人が困るようなことはしたくないという考えがつよく、このように感敢えて行動しています。
「このロジックならVBA でシンプルに記述できるし、将来の担当者もメンテナンスしやすい」
――その逆算があるからこそ、理想論に逃げない「血の通った仕組み」が生まれるのだと確信しています。
おわりに:管理会計は経営と現場をつなぐ対話の道具である
管理会計システムは、経営と現場をつなぐ「対話の道具」であるべきです。
エリート面したコンサルタントが描く「精緻なだけの絵に描いた餅」よりも、現場のスタ ッフが日々無理なく運用し続けられる仕組み。
それこそが、真に経営の意思決定を支 える「生きた管理会計」の出発点であるべきです。